Monologue
6.伝言ゲーム組織(2019/7/9)
1)伝言ゲーム組織の蹉跌
伝言ゲームをご存知でしょうか?お題となるメッセージがあって、複数のグループで伝言の正確さをゲームで、グループ毎に、1人ずつメッセージを伝言していき、最後の人にどれだけ正確にメッセージが伝わるかを競うものです。多くの場合、意外なほどにメッセージは正確に伝わらず、元のメッセージとはかけ離れたものになっていることがよくあります。さて、ゲームとしては面白いですが、実際の組織の中でこの様なことが起こっていたらどうでしょうか?
組織には、一般的に上意下達という仕組みがあります。上層のメッセージを下層へと順次伝えることで意思の疎通を図る方法です。この方法では、メッセージが正確に伝わらないことがありますが、上層では、なぜ正確に伝わらないのかと憤怒することがあります。正確に伝わらなかったことが分かれば未だ問題は少ないですが、伝わっていないことに気が付かないという事もあります。これは、上意下達の場合だけに限らず、水平組織間や仲間内での伝言でもあることです。
伝言ゲームを知らないというケースもあるかもしれませんが、知っていた場合であっても、現実として自分の身に起きた状況を素直に受け入れられる人はほとんどいません。伝えた側の人間は、理解しなかった相手を叱責してしまいます。これが、伝言ゲーム組織の蹉跌です。
現実の組織において、伝言ゲームをしてはなりません。伝言ゲームでは、聞き手が話し手に問い返すことが禁じられています。聞いたことを鵜呑みにし、自分の言葉で理解しようとすることで間違いが生じます。「分かったつもり」という状況に陥るのですが、結果として、正しく理解できないという事は、伝言ゲームを行ってみればわかります。まして、複数の人が経由したのでは、正確に伝わりようもありません。人によって常識は同じではありませんし、経験も能力も異なる訳ですから当たり前でもあります。
どうすれば良いのかは、説明の必要も無い事でしょう。聞き手は、伝え聞いたメッセージを問い返さなければならないという事です。自分の考えを添えて問い返すことで、話し手が伝えたメッセージの不確かさや間違いに気が付くかもしれません。伝言では、話し手と聞き手が共通認識を持って、メッセージを改善していくことが重要です。この様な組織であれば、複数の人を経由した伝言では、最初のメッセージが最後には格段に優れた内容に変わっているかもしれません。
2)変われない組織
伝言ゲーム組織が正しいと考える人は少ないと思いますが、多くの組織に伝言ゲームは現存しています。昨今では、忖度するという言葉が流行りましたが、一を聞いて十を知るというのは優れた人の代名詞で、皆まで申さずとも良いということを美徳と考えている人も沢山います。
私は、情報システム開発の組織に居ましたが、システム開発の契約においては、仕様書なる資料を作成し、発注側と受注側で確認するのが常識です。ソフトウェアは目に見えないものですので、発注側の意図を受注側に正確に伝えるというのは至難です。ソフトウェアが完成しても、意図を正しく理解していなければ、発注側が完成を認めません。思惑の違いが開発途中で明らかになることもしばしばですが、受注側が完成したと思った時点で明らかになる場合もあります。これらのプロジェクトは赤字プロジェクトとなり、発注側、受注側の双方に金銭や機会損失等の負担が強いられることになります。話し手が考えている意図が、聞き手に正確に伝わるという事は非常に難しいという事です。システム開発では、話し手が伝えようとしていた意図がそもそも不正確であったり、抜けがあったり、間違いがあるという事もしばしばであり、聞き手である受注側に意図を正確に理解する専門家としてのスキルが求められます。
一般の組織において、聞き手側に理解するスキルが予め求められることはありませんが、正確に理解できなかった場合、叱責されるのは聞き手側がほとんどです。これでは組織は改善しません。悪くなる一方といえます。しかし、変われない組織がほとんどなのです。
伝言ゲーム組織を脱するには、組織の文化を変えるしかありません。聞き手は、自分の理解したことを自分の言葉で話し手に確認しなければなりません。忖度はもってのほかです。話し手は、必ず、聞き手に理解したことを確認しなければなりません。聞き手の考えを求めなければなりません。同じ言葉であっても、話し手と聞き手が理解する内容は異なるという前提で意思の疎通を図ることが肝要です。大事な話であれば、大事な人であればなおさらです。急いではいけません。結局、これが一番早く伝わる方法ですし、組織を改善していく早道です。
3)ドリルを売るには穴を売れ
セオドア・レビット博士が1968年に発表した「マーケティング発想法」という本に、「1/4インチ・ドリルが沢山売れたが、1/4インチ・ドリルを買いに来た人は、1/4インチの穴を欲したからだ」という話があるそうですが、この話を元に「ドリルを売るには穴を売れ」という本が売られています。この話は、マーケティングに限らず色々と考えさせられる話です。興味がある人は、書籍を買い求めてください。ネット検索すれば、色々な解説を読むことができます。
ここでは、この話から考えさせられる1つのことについて例え話で考えてみます。先ず、ドリルを買いたいという買い手がいます。次に、その買い手が訪ねたホームセンターAの売り手がいます。買い手は、売り手にドリルが欲しいと申し出ます。売り手は、ドリルの種類を尋ねます。しかし、買い手が答えたドリルは、ホームセンタ―Aにはなく、買い手は帰ってしまいました。
買い手は、次のホームセンターBを訪ねます。所望のドリルが複数あり、売り手は一番高い商品を宣伝し、買い手は言われるままに購入しました。
さて、ホームセンターBの売り手は正しかったのでしょうか?買い手は満足したでしょうか?少なくとも、買い手は、自分の意図を正確に伝えていたとはいえず、売り手は、その意図を理解しようとしていたとはいえない気がします。ひょっとすると、高価なドリルは必要なく、安価なドリル若しくはキリでも十分だったかもしれませんし、そもそも穴をあける道具さえ必要なかったかもしれません。
人の主張には、その主張に至った背景があり、その人の考えに従った理由があり、結果としての主張になっているはずです。しかし、多くの人は、表面的な主張に対する回答をしようとします。他人の話をすべて聞かず、分かったといって、回答する人もいます。その場は、それでよいかも知れませんが、それが日常化してしまうとしたら、そういう文化が根付いてしまったら、その組織は弱い組織にしかなりません。
4)ロバストな組織
伝言ゲーム組織は、弱い組織の典型です。旧来の社会体制、アンシャン・レジームともいえます。階級制度では、上意下達が当たり前ですが、市民の声を正しく伝えられる体制として市民革命が起こりました。
構成員の声が正しく伝えれっる平等でフラットな組織がロバストな組織といえるでしょうか?そういう組織も否定はしませんが、多くの場合、人は適材適所であった方が生産性が高い組織になり得るように思います。全ての人が口々に意見を述べ合うのでは、意見を集約するのが容易ではありません。人はそれぞれ、知識、経験、能力が異なるものですし、重きを置く観点も違いますので、それぞれ主張も違うと考えておくのが妥当だと思います。
人は適材適所で良い意味で組織化されていることが生産性の高い組織の前提だと思います。しかし、その様な組織であっても、伝言ゲーム組織では、組織が正しく機能しません。ロバストな組織とは、適材適所であることを前提として、意見交換が正しく行われる組織だと思います。組織の規模よっては、第三者的なチェック機能もあった方が良いかも知れません。
昨今の風潮では、問題が起こった時、第三者的なチェック機能を強固にしようと考えますが、これは正しい考え方ではありません。例えば、伝言ゲーム組織にチェック機能を付けても、問題が起こらないようになるのがせいぜいです。適材適所に配置しても、組織として機能しなければ意味がありません。ロバストな組織にするための要点は、意見交換が正しく行われる組織になることです。そういう文化がある組織であれば、そもそも問題はほとんど起こらないのではないでしょうか。